元々自然葬を好む民族性の日本人

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自然葬は、古代の様に墓を作る風習や墓自体の概念がない頃から、遺体を一所に集め風葬や鳥葬、水葬、火葬、土葬、樹木葬などの形で葬られていた痕跡が各時代で発見され、人類のルーツとされるホモ・サピエンスとは異なる人類が日本の東北に住んでいた痕跡が発見されています。人類は、宇宙に行くほど目覚ましい進化と発展を遂げて来ましたが、地球と言う大いなる自然の中で這い蹲って?いているだけなので、人類にとって自然葬が最も理にかなった自然な葬送方法であり、現代人が大いなる自然に還りたいと願うのも至極自然な事と言えます。



その為、日本各地で散骨や植樹葬などの自然葬が増えていますが、特に散骨は規制の多い陸地よりも規制の少ない海洋で行われる事が多く、故人の希望により海外や宇宙に散骨されるケースも増えています。


しかし、日本では殯と呼ばれる自然葬が葦原中国平定の神代の時代より行われていた伝承があり、昭和天皇を含め多くの天皇が長期間にわたる殯後に土葬で埋葬されていますが、538年の仏教伝来や玄奘三蔵と親交の深かった道昭の700年の火葬以来、持統天皇や元明天皇など多くの天皇が火葬後に埋葬が行われています。



しかし、第53代淳和天皇は、皇位継承時の薬師の変などを憂い、840年に天皇で唯一京都の大原野西院で散骨されていますが、同時代の庶民達は葬儀を上げる時間も金も無く、葬送地の死体の山に遺体を打ち捨てる葬送方法が行われています。


日本は、無宗教国家故に死体に関して特段のこだわりがない事も、散骨や植樹葬などの自然葬が人気を博している一因とも言えます。

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